2010年10月29日

古典建築探訪_飛雲閣 #02 外観2(北西面)            西本願寺/京都市


飛雲閣 外観(池越しに北西面を見る) デザイン的には多くの要素が盛り込まれている


飛雲閣は秀吉好みの楼閣建築で、聚楽第から移築されたものと伝えられているが、確証はなく、
謎も多いのだという。しかし、秀吉好みと妙に納得する点も多い。

その第一は、普通の発想の上をゆく、又は一般的なものからあえて外れた発想が見られる点で
あろう。高台寺にある、傘亭・時雨亭(下部タグ:傘亭・時雨亭参照)にも共通するものがあるが、
それまでに見ることのできなかった、全く新しい試みに挑戦している点である。よほど人と同じも
のが嫌いであったのではないだろうか。

現代の我々が、飛雲閣等を最初に見た時の第一印象は、これは少し変だぞというような違和感に
も似た驚きであろう。つまりインパクトが大きいのである。そんな評判がたてば、誰もが見てみたい
という気持ちになるのは、その当時から現代まで、そう変わっていないように思われる。そのあたり
が、広く秀吉好みと言い伝え続けられる、魅力を秘めているということであろう。


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2010年10月27日

古典建築探訪_飛雲閣 #01 外観           西本願寺/京都市


飛雲閣 北側正面外観  外観を左右対称の構成とせず、おおらかで自由なデザインとしている
点が、最も大きな魅力でしょう。


古典建築に限らず、一度この目で実物を見てみたい、という思いに駆り立てる力は何であろうか。
飛雲閣を改めて見て、そんなことを思った。

和風建築の様式として、よく知られているものに書院造りがある。現在の和風住宅においても、
少し改まって格式のある和室にいたいと考えるならば、今でもこの書院造りが採用されるケース
がほとんどであろう。

そんな訳で、書院造りは和室の基本中の基本であろうが、これをただ格好だけを決まりに則して
作っても、必ずしもよい和室になるとは限らない。
書院造りの中に、いかに多くの主(あるじ)である作り手の思い(シナリオ・物語・etc)を取り入れ、
全体を上手くまとめ上げるかが、大切なポイントであろう。

そんな風に考える者にとって、書院造りを自由奔放にデザインして、見事な楼閣建築に仕上げて
いるこの飛雲閣は、少し特別な存在である。


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2010年10月23日

クレタ島 #04 クノッソス宮殿              エーゲ海の島々/ギリシャ


階段室や吹抜け等を設け、光を内部まで取り込む工夫が随所に見られる。


クノッソス宮殿の遺跡は、期待していた以上に大変満足できるものであった。これは、ヨーロッパ
などで主流の様式である、ドーリア、イオニア、コリント様式などというようなものに拠らない、独自
のデザインである。

細部の造形はほとんど無いが、その事によるマイナスの印象はない。全体の構成や空間の性格、
光の使い方など、当時の人々の明快な考え方が伝わって来るようである。

柱のデザインも特徴のあるものであるが、柱の使い方もかなり意識しているように感じられた。女王
の間の脇の浴室に1本だけ装飾された柱があったり、又階段の折り返しの所にも、1本だけ柱がある
など、要所と思われる所に意識的に柱を配しているように思われ、目を引いた。


クノッソスの宮殿 Palace of Knossos クレタ島の先史時代の最も代表的な宮殿。前2000
年ごろ建造、前1600年ごろ再建、長方形の中庭(約28m×50m)の周囲を無数の広間・小部
屋・柱廊、吹抜け・テラス・階段・廊下が2層〜4層をなしてとり囲む複雑で大規模なプランを持つ。
上下水道の設備は完備し、壁面は優美なフレスコで飾られていた。
1900年以後になってA.J.エヴァンズが発掘、『The Palace of Minos at Knossos,1921
〜36』を発表。
出典:建築大辞典 彰国社


前1400  この頃、クレタ島諸宮殿破壊されミノア文明の盛期終わる
出典:世界史年表 河出書房新社


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