2011年04月20日

古典建築探訪_待庵 #01 露地の塵穴              妙喜庵/京都府大山崎


待庵の露地 塵穴を見る


茶室の露地(庭)で時々目に止るこの塵穴も、私には妙に心惹かれるものがある。

大概はあまり目立たない、ちょっと薄暗がりの所にひっそりとある。
植物の葉で、少し隠れていたようなケースもあったかもしれない。

共通して受ける印象は、薄暗がりとも関係するのであろうか、少し冷んやりとするような、
清浄感である。丹念に掃き清められた路地でも、落ち葉の季節では、どうしても時間の経
過と共に、多少の葉は落ちてくる。客人が来る前に目にした時は、すぐに拾えるようにと、
茶会の時などには、塵穴に竹の塵箸が添えられているという。

そんな亭主の目立たない気持ちの表れを思う時、少し冷んやりとした清浄感と共に心に
響いてくるものがある。


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2011年04月11日

フィレンツェ #03 中庭を囲む回廊/サン・ロレンツォ教会堂          イタリア


回廊2階より


サン・ロレンツォ教会堂(S.LORENZO)は、メディチ家に関係するものであるが、残念ながら
教会堂には入れなかったし、図書館は、その階段室のみが、ガラス越しに少しだけ見えただ
けであったが、良さそうであった。
又、中庭を囲む、ちょっといい回廊があった。
回廊の1階は列柱とボールト天井、2階は木造表しの天井である。各諸室をつなぐ上で、とて
も機能的であり、ちょとほっとできる快適性も備えている。厳めしさや、仰々しさはないが、人
間の為には必要な空間であろう。

フェレンツェはメディチ家が、芸術家を育てた街というが、確かにローマとは、異なった印象を
持った。
ルネッサンスやオーダーといったような、理念や決まりというようなものからではなく、人間の
感性や、快適性、使い勝手の良さ等を重視した良いものが、多くあった。その点で現代の建築
の作り方にも共通するところがあり、率直に、よくできた、素敵な中庭空間であると感じた。
ギリシャ・ローマ建築の多くは、神にささげた神殿であり、国家レベルの威信をかけ、見る者を
圧倒し、宗教的高揚感を高めんとすることに、最大の力が注がれているが、基本的には神の
為の建築であり、人間の為のものではない。従って人体のスケールを遥かに超えて、ばかで
かいのである。
しかし、フェレンツェの街を見て、人間の感性を反映した建築が、生まれ始めている前兆のよう
な感覚を持った。特に建築の内部空間が豊かなことには、全く驚いた。建物の外観(エレベー
ション)は都市(街)のものであるかも知れないが、内部空間は一転自由で、全く個性豊かで、
人間くさいのである。


posted by pao at 11:09| Comment(0) | TrackBack(3) | 建築旅日記_イタリア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月01日

フィレンツェ #02 鐘塔より見たフィレンツェ大聖堂  イタリア


隣に建つジォットの鐘塔より、フィレンツェ大聖堂 Duomo と街を見る。


ジォットの鐘塔を、階段で登ったのであるが、結構きつかった。高さは82mあるらしい。なお
目の前に見えている、ドゥオモが105mとのことである。ドゥオモ頂上部は円形にぐるりと一周
できるのであるが、そこに、小さく見えているのが観光客である。

その鐘塔の上で、2度ほど実際の鐘の音を聞くことができた。上から見るフェレンツェの街は、
赤い瓦屋根と、所々に点在する広場、教会堂と高い鐘塔からなる美しい街であった。

広場には、そこに集う人々と、カフェのテーブルが見える。
騒がしく動き回るというよりは、人々の生活が、ゆったりとした時間の流れと共にそこに在る
ように感じた。


posted by pao at 11:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 建築旅日記_イタリア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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