2011年07月27日

ミラノ #03 ミラノ大聖堂の屋根に登る                      イタリア


ミラノ大聖堂(イタリア語:Duomo di Milano)の屋根に登り、交差部上部を見る    正面の
このひと際高い交差部のドームは、競技設計により造られたようである。確かに、力がこもって
いるようにも見える。


非常に細部にまで入念にデザイン(造り込まれて)されており、ちみつで繊細な、よくできた大聖
堂である。イタリア中世最大の教会堂で、後期ゴシックの傑作といわれている。

ゴシック建築のこの細く、垂直に高く伸びる様子を森に例えることがある。まさにこの屋根の上の
光景も森に例えられよう。教会堂内部も天井が高く、細く長く上部まで伸び上るステンドグラスか
ら光が差し込み、これも又、うっそうとして少々暗い森の中に居るようであったが、屋根に登って
見ても、又しかり、森のような光景である。

ゴシック建築とは、大変な徹底ぶりである。林立するその垂直物と、それらが作り出す暗い影の
闇の部分とが織りなすその光景は、人間社会の闇のような部分をも暗示しているかのように感じ
るのは、私だけだろうか。


ラベル:ミラノ
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2011年07月18日

ミラノ #02 ガレリア内十字路の舗装デザイン                  イタリア


ガレリア内の十字路を見る


このガレリア(設計者:ジュゼッペ・メンゴーニ 1865~1877年建設)は、正式な名称、ヴィット
リオ・エマヌエレ2世のガレリア(イタリア語: Galleria Vittorio Emanuele II)の通り、イタリ
ア王国、初代国王、ヴィットリオ・エマヌエレ2世をたたえての事であるという。

ローマのカンピドリオの丘の近くに、ヴィットリオ・エマヌエレ2世記念堂(設計者:ジュゼッペ・サ
ッコーニ 1884年設計(コンペ案)1885~1911年建設)があるが、たたえられている人物は同
じである。

日本と年代的に比べて見ると、明治維新が1868年なので、幕末から明治にかけての頃となる。

舗装のデザイン等を見ていると、イタリア人の明るさ、陽気さが伝わって来るようである。日本人
には少ない、こういった明るさ・陽気さは、ヨーロッパ圏では多く感じることができることも特徴的
なことであろう。


ラベル:ミラノ ガレリア
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2011年07月11日

ミラノ #01 ガレリアのガラス天井                         イタリア



ガレリア内部を見る  現代のショッピングモール等のアーケードのこれが原型だという。


このガレリア(Galleria Vittorio Emanuele II)という、快適そうなアーケードを初めて見たの
は確か学生の頃読んだ、バーナード・ルドフスキーの「人間のための街路」の中の挿絵であった
と思う。少々形を誇張して、楽しそうに描かれていたように思い出される。

本のタイトルのようにこのアーケードは、まさに市民というか、人間の為に造り出された空間であ
ろう。神殿や教会のように、神の為ではなく、又、野外円形劇場などのように、一部の階級層の人
達の為でもない。そこに行くことさえできれば、誰にでも体感できる、開かれた空間である。他と一
番異なる点は、気が向いた時、何時でも気軽にぶらぶら行ける点ではないだろうか。そして、そこ
で見られるのは、考え抜かれたストーリーで観客を魅了するようなオペラ等とは異なる、生の人
間の様々な活動の予期せぬドラマと、そして日々の日常を垣間見ることができる。

そして、これはこれで、インスピレーションとでもいうような、今現在のリアルタイムの様々な情報
を、我々にもたらしてくれる大切な空間であろう。


ラベル:ガレリア ミラノ
posted by pao at 09:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 建築旅日記_イタリア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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