2011年05月18日

古典建築探訪_待庵 #06 明月堂の縁側と手水鉢      妙喜庵/京都府大山崎


待庵の東側(袖摺松のある露地側)、妙喜庵のもう一つの書院、「明月堂」の縁側と手水鉢をみる。
「明月堂」は月が昇るのをよく眺めることができる茶室(8畳敷)で、本堂書院と共に、室町時代の
連歌の祖、山崎 宗鑑(やまざき そうかん)の旧居であったと言われている。


茶室を拝観させて頂く際に、その周囲の建物や露地・庭などにも目を引かれる事が多い。茶室を
所有しているところからして、総じて茶室以外にも見るべき優れたところは多い。

ここ妙喜庵の待庵がある、南側に広縁と落縁を持つ本堂書院(重要文化財)は室町時代創建の
もので、ここの吹きさらしの半外部空間は、南に広がる露地・庭と相まって開放的でとても良い。
待庵の露地入口もここから始まる。

書院造りとは、いわば、住居の事で、当時の人々の広縁と庭との関係を体感できる貴重な機会で
ある。室内と外部の中間にある広縁は、現代の我々にも率直にその快適さが伝わってくる。それを
思う時、現代の住宅は、きっちりとガードされ、温熱環境も自在にコントロール可能で、一見充実し
ているようにも見えるが、広縁のような、外部と内部をつなぐ、中間のあいまいとも言える、もう一つ
の快適空間が大切にされていない事を知らされる。


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2011年05月16日

古典建築探訪_待庵 #05 次の間                妙喜庵/京都府大山崎


待庵の二畳敷き隅炉の席より次の間を見る    これなども必要最小限の窓が、細心の注意を
払い効果的に配置されていることを感じさせる。次の間への室の繋がりを連想させ、亭主の登場
を予感させるような、素朴で独特な造形センスが感じられる。


待庵は国宝の茶室で、千利休作と言われているものの中では、一番その信憑性が高いと考えら
れているようである。すでに江戸時代初めからずっと、利休作の茶室は待庵だけだとも言われて
いたとのこと。

待庵は二畳敷き隅炉、二枚建ての太鼓襖を隔てて、一重の釣棚のある一畳に板畳付きの次の
間、そして更に、その外側に三重の釣棚のある一畳の勝手の間が取り付く。
待庵は、室町時代創建の妙喜庵本堂書院(重要文化財)の南側広縁に、後から増築という形で、
建てられたものと考えられている。よって、水屋は少し離れた位置にある。

先の一畳の勝手の間の三重の釣棚は、仮置棚と思われ、茶事に必要な主要な道具は、少し離れ
た水屋からここに運んで準備しておき、また茶事で使用したものは、ここまでいったん下げておけ
ばよく、使い勝手を考慮してのものと思われる。


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2011年05月13日

古典建築探訪_待庵 #04 床の間                妙喜庵/京都府大山崎


待庵の床の間を見る


改めて待庵の魅力を考えてみた。
この絵は床の間廻りを見たものであるが、とても寸法的にバランスが良く、無駄がなく、簡素で
有りながら引き締まって見える。床の間の掛け軸が主役で一番際立って見えるよう、他の部分
は控えめである。床柱や床框等が特に目立ち主張していることもない。床の間の奥の隅は、壁
と壁の間に柱の一部が見えて、目に付くものであるが、それらは壁を塗り回し見えなくしている。
これらも自然と掛け軸に目が行く事に貢献しているだろう。客人の為に選んだ、軸や花などが一
番見てほしい部分である。

窓の位置、大きさ等も全く簡素で無駄がない。必要な所に必要な大きさの窓が開けられている。
後世のものは、窓を開け過ぎであったり、技巧やデザインに偏りがちであったりと、その必要性に
ついては首をかしげるものも多い。その結果として、焦点の定まらない、印象の薄いものとなって
しまう。


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