2012年02月11日

古典建築探訪_修学院離宮 #02 窮邃亭 上段の間   左京区修学院藪添他/京都


上御茶屋の窮邃亭(きゅうすいてい) 上段の間を見る


ちょっとした明り取りと、屋外の涼気の取り込み。
時々は外の遠景と緑に目を休める。
そんな読書等を想像したが、さぞかし、自然と一体となり、気持も晴れやかになるであろう。

おそらく、簡素なたたずまいとは、簡素そのものに意味があるのではなく、簡素とする事で、
屋内に居ながらにして、自然の一部に溶け込むような快適さを体感する為の手段であろう。

客人がいるのであれば、客人をリラックスさせ、主人のもてなしに自然と気持ちが傾いて行く、
そんな効果を期待しての簡素であろう。


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2012年02月09日

古典建築探訪_修学院離宮 #01 縁側と欄干       左京区修学院藪添他/京都


中御茶屋、客殿北側の縁側についている「網干(あぼし)の欄干」を見る


一見して、妙に心惹かれ、見入ってしまう縁側の欄干であった。

この程度のものであれば、必ずしも欄干が、必要であろうかと思われた。

しかし、無い状態を想像してみると、やはり有った方が安心感を与え、さり気なく縁の端を教え、
安全であり、優しい心遣いが伝わる。

特に角というかコーナーは一層効果的であろう。道路にあるガードレールや白線のように、道の
曲線の状況等をいち早くドライバーに知らせ、安全と安心を与える。
そんな主(あるじ)のさり気ない、遊び心のある粋な心遣いのようなものが伝わり、、妙にほっこり
と心に残る出会いであった。


今改めて絵を眺めつつ、建築の立場から想像するに、この縁側はどちらかといえば巾の狭いタ
イプといえよう。そしてきわめつきは手前のクランク(折れ曲がり)である。やはり縁側の折れ曲
がりと、巾の狭さを歩く者に伝え、安全を図ったという意味合いも大きいであろうと改めて気が付
いた。


posted by pao at 17:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 建築探訪_修学院離宮 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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