2013年02月16日

古典建築探訪_飛濤亭 #02 田舎家風な外観             仁和寺/京都


飛濤亭(ひとうてい)の西側外観を見る


床の間のひとつの形式である洞床(ほらどこ)もそうであるが、外観もこの様に侘びた田舎屋風
であり、徹底した草庵ぶりで全体がまとめられている。

この茶室にはあの狭い躙口はなく、貴人口と呼ばれる2枚障子戸の上り口が南面に開けられ、
直角に折れて、この西面にも南面の貴人口より少し高さの低い2枚障子戸が設けられている。
この西面の上り口は相伴用として、南面の貴人口と区別しているのであろう。
2枚障子戸の上り口が2ヵ所設けられていることで、躙口のみの茶室に比べると、入る光の量が
圧倒的に多くなり、開放的で明るい茶室である。

これと似た上り口を持つ茶室で、印象深いものに上野の東京国立博物館内にある転合庵(広間
・4畳半)
が思い出される。
改めて二つを見比べてみると、その転合庵に比べるとこの飛濤亭の方がはるかに草庵風である
ことに改めて気が付く。

この飛濤亭は江戸時代の後期にあたる、寛政年間(1789〜1801)頃に建てられた、光格天皇
の好みの席と伝えられている。
これは、草庵・侘び茶の創始者、千利休の死後約200年頃にあたる。


2013年01月30日

古典建築探訪_飛濤亭 #01 床の間(洞床)               仁和寺/京都


飛濤亭(ひとうてい)の床廻りを見る   洞床(ほらどこ)という形式の床の中では、最も印象
深いもののひとつである。


草庵風な、侘びた意匠で全体はまとめられているが、どことなく大らかで、自由なセンスが
光る茶室であった。

草庵風な意匠を大胆に、これでもかというくらいに前面に出してはいるが、侘びた印象も確か
にあるが、それよりも、センスある洗練された大胆な意匠の方に目がゆき、楽しませてくれる
のである。また、どことなく明るく上品でもある。


2012年11月16日

古典建築探訪_遼廓亭 #03 露地と縁側                 仁和寺/京都


主座敷(四畳半)の二方に巡らせた縁側を見る  右端に次の間入り口から外の景色が見えている。


この遼廓亭(りょうかくてい)は元々尾形光琳の屋敷に在ったもので、光琳好みの建物であろう
と伝えられており、江戸時代の後期に、この仁和寺に移築されたものという。

亭として独立して露地に建っているので、四方が自然に囲まれており、自然との一体感が一層
強く感じられる。また、そのためプライベート性も高く、静かで落ち着ける佇まいである。主座敷
には低い縁が二方向に廻り、露地との親和性を高めている。

茶室の多くは、サービスとしての水屋を次の間として、隣に設けることが多い。茶室を拝観させ
て頂く際に、水屋も覗けることもあるが、多くはやはり茶室の方が主役で、水屋はあまり見せた
くない、裏方という印象がそのほとんどであった。つまり、茶室を取り巻く各々の諸室は、茶室が
メインで水屋等は、隠すべき裏方と考えるのが当たり前のように、いつの間にか思い込んでいた。
ところがこの遼廓亭は、その裏方とも言える空間を、オープンに見せ、主座敷からの景色(眺め)
や広がりとして、取り込むことに成功しているのである。結果として、茶屋(亭)全体が表裏の無い
広がりや開放感、更には、袂を開いて全てを見せているかのような親近感を感じさせる。そして、
それらの事がこれまでの一般的な茶屋には無かった、新鮮とも言える印象を与えている。

しばらく前より、住宅でキッチンとリビングを一体に見せる、オープンキッチン(又はアイランドキッ
チン)を時々見るようになった。機能の異なる2つ空間を一体化とする事で、広がりと共に新たな関
係(ドラマ)がその事で生まれ、新鮮な印象を与え、また、おおらかで楽しそうにも見える。(住宅の
キッチン等では、建て主の意向もあり、オープンキッチンが常に正解とはならないが。)

裏方を上手くオープンに取り込むことで生まれる、広がりや解放感、そして、その事で新たに生ま
れるそこでの亭主と客との様々なシーンが想像され、新鮮な印象と共にこの亭を使う(訪れる)楽し
さ(興味)等を生み出している好例のように思う。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。